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自分で責任を取れないと消耗していく話

こんばんわ、そーいちです。

今日は自分で責任を取れないと消耗していくというテーマで記事を書きたいと思います。

自分で責任を取れないと消耗していきます

責任を取らないということは自分で決定できないということ

常に人間は選択をして生きていると言われています。何か物事を決断する際には、当然そこに責任が生まれます。自分で責任を取れないということは、つまりは自分で物事を判断できないということです。

私は普段サラリーマンで営業をしています。つまり誰かに雇われているということです。私の会社はいわゆるメーカーです。自社で物を製造し、それを販売して利益を出しています。

私の経験談

ある日、過去に自社で製造した製品のサポートを打ち切ることを会社が決定しました。

私はそれを、営業社員として顧客に伝えにいきます。当然顧客はサポートが終了することに対して不満を言います。

私は会社が決定したことに対して色々と経緯を顧客に説明し、お詫びしますが、納得いただけません。顧客も社長を連れて来いと激怒します。

この決定については、私は社員だから当然謝りますが、私の決定したことではありません。

顧客も社員の私に対して文句を言いますが、私に言っても私が決めたことではないので、無駄だということは分かっています。

自分で決定したことではないので責任はない。しかし顧客からはなんとかしろと言われる

自分に決定権がないにも関わらず、そこを改善しろと言われるとこちらとしてもどうしようもありません。

当然社会人として、上司に相談したり、改善策等を上に報告し、改善を求めることはできます。しかし、それをしても組織が大きくなると、現場の声はなかなか届かないものです。

結果、私は顧客と会社の間に挟まれて消耗していくのです。これは一例ですが、サラリーマンをやっていればこのような経験、場面は多々あると思います。

自分で決定できない=責任が生まれない=守られる

サラリーマンは守られている

責任が取れないことについては、悪いことばかりではありません。

良いこともあります。サラリーマンは会社に守られています。中にはそうでない企業もあるようですが。。笑

例えば何かミスをしたとします。でもそれは会社の方針にしたがって行ったことであれば、上司から注意をうけることはありますが、最終的な責任は会社が取ってくれます。

まとめ

少し話が脱線し、サラリーマンにフォーカスがいってしましましたが、言いたいことはそこです。

つまり、サラリーマンは良くも悪くも、自分の責任で判断ができないのです。細かい業務の中や営業戦略をどうしていうくかなど、所々で選択、決断はできます。しかしあくまでもそれは会社という組織の中で行うことであり、そこを飛び越えての決断は絶対にできません。

これについては、一概に良い悪いではなかなか判断できないと思います。

ですが、私はこれについて非常にストレスを感じ、消耗してしまいます。

もし私が責任を取れるのであれば、当然顧客の為にサポートを継続したいですし、そこに対して全力で解決策を探しにいきます。

当然会社はボランティアではないので、仕方のないことなのかもしれません。

サラリーマンって難しいですね。

私はこの状況を打破したくて、ブログをはじめました。

一歩一歩全身していきます。

本日も最後まで読んできただき、誠にありがとうございました。

 

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